ルージュはキスのあとで
「では、始めよう。今日はアイメイクの仕方からだ」
「は、はい」
皆藤さんは、それ以上の追及は諦めたようで、レコーダーを回し始めた。
カメラマンさんが、カシャカシャとシャッターをきる音の中、いつものようにメイク講座が始まった。
「そう、アイシャドーなんだが。まずはどんな雰囲気にしたいのかを考えたあと、色選びをする」
「……はい」
「今日は……そうだな、ゴールド系を使うか」
まずは右だけを長谷部さんがお手本としてメイクをしていく。
それを見て、私が左を担当する。
ひとつの動作ごとに、長谷部さんからアドバイスをもらったり、手助けをしてもらう。
その合間あいまに、皆藤さんが長谷部さんに事細かにインタビューをする。
いつもと同じ雰囲気のはずなのに、私だけ落ち着かない。
今の私のとっては、メイク講座より、さきほどのキスの理由が知りたい。
頭の中は、実はそれだけだった。
ただ、動きのほうは長谷部さんに今まで鍛えられてきたおかげで、自然に動くことができた……そのことについては自分自身でびっくりだった。
「じゃ、次回」
それだけ言うと、長谷部さんはこのあとの仕事が押しているようで、すぐに出て行ってしまった。
結局、あのキスの意味を聞くことができなかった。
と、いっても本人目の前にして聞く勇気など持ち合わせていないのだが……。
足取り重く帰路につこうとしていた私に、久しぶりの人から声をかけられた。
「真美さん……だよね?」
「え? 進くん?」
振り返れば、そこにはニコニコと穏やかに笑う進くんが立っていた。
進くんとこうして会うのは、かなり久しぶりかもしれない。
驚いて進くんを見たのだが、進くんもかなり驚いている様子だった。
「うわぁ、かなり洗練されてきたね」
「そ、そうですか?」
自分の体をキョロキョロとみている私に、進くんは王子さまスマイルで頷いた。
「雰囲気が全然違うもの。キレイになってきたよ」
「っ!」
あのですね、進くん。
その王子さまスマイルをしながら、殺し文句を言うものじゃありません。
真っ赤になってうろたえる私をみて、進くんは心配そうに聞いてきた。
「で、どうして、そんなに悩んでいるの?」
「え?」
「なんか物思いにふけっていたからさ」
「……」
そういって笑う進くんは、やっぱり王子さまみたいだった。
そう、苦しむお姫さまを救い出すヒーローみたいな……。
まあね。
私は、お姫さまっていう柄じゃないんだけどね。
私は、その救世主に少しだけ微笑んだ。