嗚呼、親父
嗚呼、親父
十八年生きてきて、初めて我が目を疑った。

家族そろっての夕食の席。いつもは空いている俺の右隣の席に、今、十歳くらいの見知らぬ女の子が座っている。

親父の上司がどうたらこうたらで、なんやかんやあった結果、二、三日うちで預かることになったという。

そんなのはよくある話で、はっきり言ってどうでもいい。それよりも俺が信じられないのは、肉じゃがに胡瓜の酢の物にご飯に味噌汁という、和食の定番とも言うべき献立に加え、女の子の前にだけ、グラスになみなみと注がれたオレンジジュースが置いてあることだった。

俺は目をこすり、もう一度それを見つめ直した。しかしオレンジジュースはオレンジジュースのまま。淡い色をしたものばかりが並ぶ食卓で、鮮やかなオレンジ色が、一際映えていて美しい。

「さて……」

見とれていると、不意に親父が語りだした。

「皆そろったことだし、もう一度紹介しておく。この子は……」

手のひらで女の子を指し示す。

「父さんが世話になっているひとの娘さんで、佐藤美奈ちゃんだ」

紹介され、女の子は無言で頭を下げた。緊張しているのか、表情が固い。お袋が大袈裟に、手を叩いて喜んだ。そして――

沈黙がおりた。

女の子――もとい美奈ちゃんは、無言で俯いているし、親父とお袋は困ったように互いに目を合わせている。そして俺はというと、まったく無関心だというように、明後日の方向を向いていることにした。

(さあ、誰が場を作る? 早く、誰か何とかしろ)

思っていると、蚊の鳴くような声で、誰かが「いただきます」と言うのが聞こえた。

驚いて右隣に焦点を合わすと、美奈ちゃんがすでに肉じゃがをつついている。

まだまだ幼い美奈ちゃんの行動に俺はあっけに取らた。

なんて肝の座った子だろうか。俺には到底真似できない、と。

「そうだな、食べようか」

「お口に合わないかもしれないけど、遠慮なく食べてね」

先行した美奈ちゃんに、親父とお袋が慌てて追いすがる。美奈ちゃんはもう、じゃがいもを口へ運んでいた。

しばらく彼女を観察していた俺は、そこであることに気づいた。

美奈ちゃんは、とても可愛い子だった。将来美人になるだろうという素質を充分に備えている。彼女との歳の差を考え――あり得なくはない――などとつい思ってしまう。

だが、それはそれ。俺は忘れてはいなかった。彼女の目の前で、静かに佇んでいるオレンジの物体を。
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