愛を教えて ―番外編―
万里子の口から出たのはほんの小さな不満だ。

それでも、卓巳は不安に駆られる。


「勝手に旅行を決めたこと……怒ってるのかい?」

「いいえ。どうして?」

「久しぶりに夫婦で、と思ったんだが……。やっぱり結人と一緒のほうがよかったのかな?」


万里子を前にすると、卓巳は途端に“借りてきた猫”になってしまう。


そのとき、万里子がスッと立ち上がった。

電話の前から彼の後方に回る。どうしたのだろう、と思った瞬間、万里子の腕がふわっと卓巳の首に巻かれた。

万里子は負ぶさるように、卓巳に抱きついたのだ。

柔らかい髪が卓巳の顔にかかり……。

卓巳は一瞬で、ベビーパウダーとシャンプーの香りに包まれた。


「ま、万里子?」

「卓巳さんたら……。わたしだって、ふたりきりになりたいときだってあります。結人くんが可愛い一番の理由は、大好きな卓巳さんの子供だから。わたしにとって世界で一番大事なのは、卓巳さんだもの」


耳のすぐ後ろに万里子の熱い吐息がかかる。


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