愛を教えて ―番外編―

実践編

「ちょっと可哀想だったかしら……」


ヒノキ風呂に浸かりながら、万里子は呟いた。


露天風呂で万里子に叱られてから、卓巳はやけにおとなしい。食事の後、館内を散歩したときは手を繋ごうともしなかった。

もちろん怒っている感じではないのだ。プールといい、露天風呂といい、自分でもやり過ぎがあったと自覚したのか、反省しているらしい。

万里子の逆鱗に触れないよう、一歩離れて見守っている様子だった。


「卓巳さんは、ほどほどができないから……」


ため息と共に、ついつい万里子の口から愚痴らしきものがこぼれてしまう。

そうなのだ。もう少し抑えてくれるだけでいい。

ペアルックでも構わない。せめて豹柄じゃなく、人前で着ても恥ずかしくないデザインなら……。


無論、旅館の人間が直接お客に言ったりはしないだろう。なんと言っても相手は藤原グループの総帥だ。

だが裏では……『こんな一流旅館であれほど露出度の高い水着を着るなんて』そんな噂話が聞こえてきそうだ。おまけに、たとえ万里子のためだとしても、監視カメラを切ってもらうように頼むだなんて……。

切れ者の卓巳にしては、鈍いにもほどがある。

卓巳は万里子が絡むとすべてがそうなってしまう。優秀な頭脳ではなく、首から下……とくに、下に行くほど活発に動き始めるらしい。


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