愛を教えて ―背徳の秘書―
(18)贖罪の羊
蹴飛ばされてうずくまる宗を、ほとんどの人間がクスクス笑いながら通り過ぎる。

中には年配の男性が、「頑張れよ、若いの」と肩を叩き励ましてくれたが……。それはそれで惨めなものだ。


(話くらい聞いてくれよ……)


白いビニール傘を手に、宗は雪音の後を追った。


ホームに立つ雪音を見たとき、なんと声をかけるか悩んだ。

ひたすら謝ればすべてを認めることになる。それでは余計に雪音を逆上させそうだ。

だが、宗の辞書に、新しく『誠実』の文字を加えるつもりであれば、ここで嘘を重ねては意味がなくなる。正直に「今日は何もしていない」と白状すれば、ジョージ・ワシントンになれるかもしれない。


宗が雪音から視線を逸らせ、考え込んだ一分足らずの間に、それは起こった。


唐突に、女性の悲鳴がホームに轟く。それは雪音の声ではない。

人が線路に突き落とされるのを目撃した、別の女性の悲鳴だった。


ハッとして正面を向いた宗の目に雪音が映らない。

一瞬、見知った顔を見つけた気がしたが……すぐに、ホームに転がる白いカゴバッグに気を取られる。

それは、ついさっきまで雪音が下げていたバッグだった。


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