愛を教えて ―背徳の秘書―
宗は立っていられなくなり、崩れるように膝を折る。


そのときだ。

ドアがノックされ、外から雪音の声が聞こえた。


「死んだと思ってたのに、反対のホームに電車が来たのね。それに……あなた飛び降りたんですって? あんな若い子は、あなたには似合わないわ。そうは思わない?」

「……思う……もう、別れた……あんな女、なんとも思って、ない」


薫は宗の腹から刃渡り十二センチのぺティナイフを抜こうとした。その薫の腕を、宗は残された力で押さえ込む。

抜けば、それを雪音に向けるはずだ。


――早く諦めて雪音が立ち去りますように。この扉を開けて入ってきたりしませんように。


多分、人生でここまで真剣に神に祈ったのは初めてだろう。

だが、神の怒りだろうか。

はたまた、宗自身が神に見捨てられなかったのかもしれない。


扉が開き、宗は渾身の力で叫んだのだ――「入るな」と。


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