愛を教えて ―背徳の秘書―
「いやあっ! 誰か来てっ! 宗さんから離れなさいよっ、ばかぁっ!」


雪音の悲鳴がフロア一杯に響き渡った。その声で、宗は落ちそうになる意識をどうにか引き戻す。

誰も来なくていいから、頼むから雪音に安全な場所まで逃げて欲しい……と言いたいのだが、もう声も出ない。

雪音は宗から離れろと薫に怒鳴るが、放さないのは宗のほうであった。


宗の思考が停止しかけた瞬間、薫の悲鳴が聞こえ……彼女は宗の身体から引き剥がされた。


「この馬鹿者がっ! 女から目を離すなと言っただろう!」


それは聞き慣れた卓巳の怒声だ。

宗は「すみません」と謝るのだが、声になっているか怪しい。


気づけば横たわっていて、宗はリノリウムの床に頬擦りしていた。冷たいはずの床が温かく感じる……血が減って体温が下がっているのだ、と妙に冷静なことを考えていた。


「医者はまだかっ!? 売るほどいるだろう。とっとと呼んで来い!」


かすかに雪音の声も聞こえるのだが、大音量で飛び込んで来るのは卓巳の声ばかりだ。


「駄目だ、抜くな。身体も揺らすんじゃない! 宗、ここで死んだらただじゃ済まさんぞ!」


社長に恨みはないが、せめて雪音の声を聞きながら死にたい……そんなことを思いつつ……やがて何も聞こえなくなった。


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