愛を教えて ―背徳の秘書―
その日は雨だった。
しとしと朝から降りつづく雨に、香織はうんざりした気分で窓の外を見る。
季節はあっという間に夏から秋に変わった。窓から見える木々の葉もすっかり色づき、あと数週間で歩道に落葉の絨毯を敷くことだろう。
(今日も……来られているのかしら?)
ふと、香織の心にひとりの男性の姿が浮かぶ。
以前は大きな会社で秘書をしていたというが、今は、中堅貿易会社の代表を務めていた。初対面のとき手渡された名刺には――瀬崎幸次郎と書かれてあった。
志賀香織は半年前まで、一部上場企業の秘書室で契約社員をしていた。彼女はその職場で昔の恋人に再会する。彼はその会社の社長秘書だった。
三十一歳の香織は三年前、彼と別れて年下の男性と結婚した。
彼のことは愛していたが、再三再四、結婚する気はない、と言われ……。二十八歳になってすぐ、結婚を前提に交際を申し込んできた男性とそのままゴールインしたのだ。
高めの身長とシャープな顔立ち、クールな印象を持つ香織は、かつて男性社員の憧れの的だった。結婚相手もそんな彼女を嬉々として射止めたはずである。
だが本来の彼女は、家庭的で男性に寄り掛かって甘えたいタイプの女性だった。
年下の夫はそんな香織を持て余し、気楽に遊べる若い女性との情事に走り、彼女の結婚生活は二年も持たずに破綻したのである。
しかし世間は世界規模の不況に陥っており、三十歳になった香織の再就職は困難を極め……。
その結果、当時の彼女は昔の恋人がいるのを承知で、知人に紹介された契約社員の仕事を受けるしかなかった。
「ただいま戻りました!」
ぼんやり窓の外を見ていた香織はハッとして立ち上がり、笑顔を作った。
「お帰りなさい。お疲れさまでした、コーヒーでも淹れましょうか?」
「うわぁ、嬉しい。志賀さん、お願いします」
香織は今、横浜市内の地方銀行に支店長秘書として勤めている。
外回りから戻った財形担当の女性社員は香織に手を合わせた。
「いいなぁ、私も飲みたい!」
そんな声が波のように広がり、香織は快く引き受けたのだった。
しとしと朝から降りつづく雨に、香織はうんざりした気分で窓の外を見る。
季節はあっという間に夏から秋に変わった。窓から見える木々の葉もすっかり色づき、あと数週間で歩道に落葉の絨毯を敷くことだろう。
(今日も……来られているのかしら?)
ふと、香織の心にひとりの男性の姿が浮かぶ。
以前は大きな会社で秘書をしていたというが、今は、中堅貿易会社の代表を務めていた。初対面のとき手渡された名刺には――瀬崎幸次郎と書かれてあった。
志賀香織は半年前まで、一部上場企業の秘書室で契約社員をしていた。彼女はその職場で昔の恋人に再会する。彼はその会社の社長秘書だった。
三十一歳の香織は三年前、彼と別れて年下の男性と結婚した。
彼のことは愛していたが、再三再四、結婚する気はない、と言われ……。二十八歳になってすぐ、結婚を前提に交際を申し込んできた男性とそのままゴールインしたのだ。
高めの身長とシャープな顔立ち、クールな印象を持つ香織は、かつて男性社員の憧れの的だった。結婚相手もそんな彼女を嬉々として射止めたはずである。
だが本来の彼女は、家庭的で男性に寄り掛かって甘えたいタイプの女性だった。
年下の夫はそんな香織を持て余し、気楽に遊べる若い女性との情事に走り、彼女の結婚生活は二年も持たずに破綻したのである。
しかし世間は世界規模の不況に陥っており、三十歳になった香織の再就職は困難を極め……。
その結果、当時の彼女は昔の恋人がいるのを承知で、知人に紹介された契約社員の仕事を受けるしかなかった。
「ただいま戻りました!」
ぼんやり窓の外を見ていた香織はハッとして立ち上がり、笑顔を作った。
「お帰りなさい。お疲れさまでした、コーヒーでも淹れましょうか?」
「うわぁ、嬉しい。志賀さん、お願いします」
香織は今、横浜市内の地方銀行に支店長秘書として勤めている。
外回りから戻った財形担当の女性社員は香織に手を合わせた。
「いいなぁ、私も飲みたい!」
そんな声が波のように広がり、香織は快く引き受けたのだった。