愛を教えて ―背徳の秘書―
この香織のことも、朝美は宗に何度か尋ねた。

しかし、『昔のこと』と言い、それ以上は決して口にしない。だが彼にとって過去でも、香織にとっては違うはずである。

宗は複数の女と付き合うが、同じ会社で同じ部署の女性には手を出さない主義だ。社内で揉めごとを起こさないための鉄則なのだろう。

そんな彼にとって、香織が秘書室に採用されたときは……。

しかも、誘われたらノーとは言えない男だ。おそらく、香織に誘惑され、再び関係を始めたことは火を見るより明らかだった。



「おはよう、志賀さん。あら、ファンデーションを変えたの? 今日は化粧の乗りがよろしいわね」

「そうですか? 昨夜……夜更かしをしたので、あまりよくないと思っていたんですけど」

「まあ、夜更かしの理由は何かしら? とても気になるわ」

「中澤さんが気にされることじゃありませんわ」


ふたりとも素晴らしい作り笑顔である。

香織は思わせぶりな朝美の質問をひと言で切り替えし、話題を仕事に変えた。


「――本日の社長の予定表を打ち出しておきました。ゴールデンウィークにお休みを取られるとのことでしたので、予定はすべて前倒しとなります。変更がありましたらお知らせください」

「……ええ、ありがとう」


微妙に自信ありげな様子から、想像どおりだと朝美は思った。


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