愛を教えて ―背徳の秘書―
雪音は、大企業の社長室とはどんなところだろう、と期待していたのだが……。

これなら、藤原邸の書斎のほうがよほど広くて豪華だ。社長用の机も棚もごく普通の量産品。どこでも見かけるシンプルな黒い革張りのソファ。

無論、本革で値は張るのだろうが……。


「あの……先ほどのお話ですが」


雪音にも、卓巳と宗の慌てた様子がひと目でわかった。敏い万里子に気づかないはずがない。

そのことを雪音が切り出そうとしたとき、


「いいのよ、雪音さん」


万里子はそう言うと、雪音の瞳を見つめたまま首を左右に振った。



そして数秒の気まずい沈黙のあと、口火を切ったのは宗だった。


「実は……せっかく持ってきていただいた書類が、今日は不要になったのです。わざわざお越しいただきながら、申し訳なく。私の不備ですので、社長よりお叱りを受けておりました」


一応、辻褄の合う言い訳に思える。だが、男は本気で、こんな言い訳で女が騙せると思うのだろうか?

雪音が呆れて黙り込んでいると、万里子が答えた。


「お仕事のことはわかりませんけど、わたしのことはお気になさらないで」


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