愛を教えて ―背徳の秘書―
宗が朝美を運び込んだのはこの総合診療科。

彼女の怪我は、膝の擦過傷だけでなく足首を捻挫していた。駅の救護室で、すぐに外科で診てもらうように、と言われたらしい。

だが、『たかが捻挫で病院なんて……終業まで我慢できるはず』と思っていたという。

歩けないという朝美を、宗はマンションまでタクシーで送り届けた。


「無茶にも程がある。捻挫した足でハイヒールなんて」


その辺りは、男には理解できない神経だ。


「仕方ないわ。スーツにスニーカーは履けないもの。それに……今度社長秘書の座を失ったら、二度と本社に返り咲くことはないでしょうから」


朝美の口調は珍しく殊勝で弱気だ。


「君は優秀だよ。経験もあるし社長も認めてる。数日の有休くらいで、第一秘書から降ろされたりはしないさ」

「馬鹿ね。私程度の秘書なんて山のようにいるわ。それに、付加価値に経験を求められるのは男性だけ。同じ能力なら、女に求められるのは“若さ”よ」


宗はこのとき、仮病ではなく本物の怪我だと知り、油断していた。

手負いの獣のような朝美に同情し、部屋に入るという失敗を犯してしまう。


はじめに、靴が脱げない、と言われた。

そして、スーツが皺になったら困るわ、と。

最後には、捻挫にお風呂は禁物だからシャワーを浴びたい、と言い出したのである。


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