愛を教えて ―背徳の秘書―
宗は必死で表情を取り繕った。


「志賀くんからは、風邪で休むと連絡を受けています。社長のご心配には及びません」


卓巳は眼鏡を外し、デスクの上にカタンと置いた。そして両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せ、無言のまま宗を見ている。

その視線は、社長室の空調が壊れたかのように感じる。一瞬のうちに、室温が氷点下にまで下がった気がした。


(『氷のプリンス』は健在だな……)


宗は、申し訳ありません、と無条件で頭を下げそうになるのを懸命に堪える。

ジョージ・ワシントンは正直に告白して許されたが……卓巳は宗の父ではない。それに、告白せずとも卓巳はすでに感づいている。

宗が卓巳の信頼を勝ち得たのは、言われたことを迅速にこなす要領のよさだろう。女のあしらいも、卓巳以上である点だ。

それがこのザマでは洒落にならない。


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