君がいたことを忘れない
夏休み

1

明善は、そのまま家に帰らず、野球部の後輩の田崎豪を呼び出していた。豪は明善の一つ後輩で、里英の文芸部の後輩である石田あやかと付き合っている。

神社の前で明善が待っていると、豪は慌てた様子でやってきた。

「山田さん、聞きましたよ!里英さん、大変だったらしいですね。」

まだ、先日の自殺未遂の一件しか知らない豪が尋ねてきた。

「そうなんだよ、なんかあやかちゃんから聞いてないか?」

明善はとくに今日のことまで豪に言うつもりはない。

「いやぁ、あやかも特に何も聞いてないみたいですね。」

「そっか、ならいいんだけど。」

「えっ、山田さん、あれから里英さんに会ってないんすか?」

「いや、会ったよ。会ったけどさ…」

豪は後輩としてどんな言葉を返せばいいのか分からず、沈黙するしかなかった。

明善は

「あぁ、ごめんごめん。あっ、お前、部活のあとでお腹空いてるとこ悪かったな。帰っていいぞ。夏休み、練習休みあったら遊びに行こうな。」

とごまかした。

豪も

「あっ、はい。合宿終わったら、しばらく休みあると思います。」

と焦ったように返事をし、自宅へ自転車を漕ぎ出した。

明善は、その間、後輩に弱いところは見せられまいと、表情が崩れないかに必死であった。

豪の姿が見えなくなってから、明善は大泣きした。声を上げで泣いた。

一時間後、涙も枯れ果てて、やっと泣き止んだ。でも、歩きだしてから、また泣いた。

一生、泣き止まないのではないかと、心配になったが、なんとか我慢して家まで辿り着き、家族に顔を見られないように自分の部屋まで行った。

それから、枕に顔を突っ込み、ひそやかにまた泣いた。

明善は、結局、朝まで泣き続けた。
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