平凡太~ヘイボンタ~の恋
「赤ちゃんが産まれそうって“彼”に知らせたの。“彼”出産には絶対に立ち会いたいって、仕事場から急いでバイク走らせてきて、ね。事故に遭っちゃったんだぁ…。あっけなく、あの世へ逝ってしまったの」


一華先輩の旦那さんが…事故…?


かけがえのない人を失ったって…亡くなった旦那さん…?


「知らされたのは初めて自分と“彼”の子供を抱いた時。あたしね、あの子の産声覚えてないの。すっかり混乱しちゃって、自分の泣き叫んだ声しか記憶にないんだ」


「………」


「産後って事と、あまりのショックに“彼”の葬儀にも出られなかった。愛する人のお骨一つ拾えなかった。バカみたいに弱くて何もできなくて。あたしはね、あの子と死を選ぼうとしたの」


「一華…先輩…?」


「決めたらすごく清々しい気分になった。天国でまた、“彼”とあたしとあの子の3人で暮らせるんだ、って。また新しい形の家族になって愛し合える、そう思ったの」


「はい…」


「でもね、あの子がそうさせてはくれなかった。手をね、首にかけたの。力を込めようとしたらね、あの子…笑ったの」


「…笑った?」


「産まれてすぐの子供にはね、楽しいとか嬉しいとか、そんな感情はないんだけれど、表情に意味のない笑顔を見せる事があるんだぁ。その顔“彼”に重なったの。『生きろ』そう言われてるようだった」


「『生きろ』…」
< 28 / 164 >

この作品をシェア

pagetop