恋情エスケープ
上機嫌な有紗は、足取り軽く学食へと向かう。
「有紗って、この食堂好きだよね」
「だって安いし! 和食は美容の味方なんだから」
和食の定食メニューを中心に扱っている食堂「雅」。
そのメニューはキャンパス内の学食の中ではお手頃価格ではあるけれど、講義が行われる教室が多い1号館から離れた5号館に入っているため、比較的込み合うことは少ない。
私達の行き付けの食堂だ。
しかも現在時刻1時23分。
1時半からの3限目の講義を受ける学生のほとんどは昼食を済ませたためか、ピークは過ぎ去っていた。
雅に入り、食券を買う。
美容に気を使っている有紗は、野菜たっぷりのヘルシー野菜炒めをチョイス。
有沙を見習うべきと思いながらも、やっぱり誘惑には勝てない。
私はしょうが焼き定食と書かれた食券をカウンターに出した。
程なくして出来上がった定食をトレーにのせ、有紗と一緒にどこに座ろうか辺りを見渡していると。
「あれって吉田と新城じゃない?」
窓際すぐ近くの席で、見覚えのある人物を見付けた。
「吉田~! 新城~!」
二人に駆け寄る有沙の後を私は追いかける。
「ゲっ! 葛西さん……」
有紗の存在を認識した途端、茶髪のワックスで髪を盛った彼が後退る。
彼の反応に有紗は機嫌を損ねたらしく、眉間にしわを寄せて彼を睨んだ。
「げっ、て何よ吉田。ゲって」
「いや、つい本音が」
「な・に・か・言・っ・た?」
「……なんでもないっす」
茶髪の彼、ヨッシーは有紗の迫力に圧され、目を泳がせる。
有沙と尻に敷かれているヨッシーの毎度お馴染みの漫才を耳にしつつ、ヨッシーの向かいに座っているもう一人と目があう。
耳に丸くて小さなシルバーピアスをつけ、鮮やかな黒髪は何も施されていない。
「真柴、おはよ」
笑うわけでもなく、でも無表情というわけでもない。彼、新城はそんな顔で見上げてきた。