愛しいひと

「さっさっと着替える。」


鞄を肩に掛け、ドアに寄り掛かり、早くしろ、と無言のオーラを発する。


「わーったよ!つか、なんで、お前そんなに手際良いんだよ!?」


急いでユニホームを脱ぎ、タオルで汗を吹き、制服を着る。僅か40秒。


「谷も、着替えと切羽詰まった状況だけ、手際良くなるよね。」


"切羽詰まった状況"とは、もちろん、さっきの掃除のことだ。


「褒めてんのか、それ」

「もちろん」


にこりと笑顔で言うと、谷からため息を頂戴した。


「ま、いいか。帰ろーぜ」

「おう」


自分の荷物をまとめた谷と共に、部室を出た。

体育教官室に鍵を返し、まだほんのり明るい夕空の下を、のんびりと歩く。


「そういや、尚。」

「なんだよ」

「綾川が、お前に惚れてるって、気づいてたか?」


知ってたか?と聞かないのは、俺が知っていると思ってないから。

気づいてたか?と聞かれても、気づいてないとしか言いようがないが。


「いーや、知らんかった」

「やっぱな」


だって、俺キョーミねぇし。

そう呟けば、谷から本日何度目かのため息を頂いた。


「綾川は、こいつのどこに惚れたんだろーな。」


谷はまた切なそうなため息を吐いた。さすがの俺も、ピンと来た。


「お前、綾川に惚れてんのか。」

「・・・・鈍いな、お前」


うっせーな。しかし、あの谷がねぇ・・・・。

新たな発見をした、ある夕暮れの帰り道だった。





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