その愛、一線を超えて。
「あたしね、ほんとにあいつのこと恨んでしまうの。
ほんとに憎いと思ってる」

もう何度その辛そうな表情を見たんだろうと、
あたし自身までも胸が痛まる。

理恵は決して、弱くて華奢なタイプではなかったのに。
今あたしの目の前にいる1人の女性は、
肩を震わせながらまた澤村忠司の話をする。

うん、うんとあたしは相槌をうつ。

理恵は時々、煙草のフィルターの部分を噛む癖があり、
その窮屈な灰皿の中の雰囲気を少し和ませる。
あたしはそれを見る度に、何とも知れない不安感を抱く。

まるで不条理がこの世の中で蔓延(はびこ)っているのにも関わらず、
そこに住まわる人間たちには何の影響も与えていないというみたいに。

それは、
あたしの誕生日が近付く春の始まりの頃だった。

ヒメウツギの白い小さな花びらがその町並みをささやかに印象付けていた。

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