才能のない作曲家
「これ」
「な・・・に?」
「あって困るものじゃないだろ?」
「何よ・・・コレ・・・っ!」
その瞬間、麻子が怒りを露わにしたのがわかった。
当たり前だ。
僕が差し出したのは、現金だったから。
「いらない!」
僕に突き返された封筒。
そして目の前で麻子は財布を取り出し、
ありったけの札束を、僕の胸ポケットに突っ込んだ。
「こっちから、願い下げよ、あんたみたいな・・・!」
「・・・、そう・・・」
僕は歩き出すしかなかった。
僕が望んだ結末だから、僕が傷つくわけにはいかなかった。
僕が泣くわけにはいかなかった。
僕が麻子を抱きしめるわけにはいかなかった。
これは僕の役割であると同時に、
僕の最大の強がりだったのだと思う。
その証拠に、僕は振り向くことさえ出来ないほど、
身体の自由すらきかなくなるほど、
本当に、辛かったのだから。
君の視線を背中に感じながら、
僕は僕に対しての言い訳を探していた。
傷つける以外に何が出来た?
恨ませる以外にどんな方法があった?
探したんだ、みつけようとしたんだ。
でも何もなかった。
僕が君を救う方法はただ一つ。
君の決断を受け入れ、
尚且つ、君に僕を忘れさせることだけだった。