才能のない作曲家
幼い頃に父は死んだ。
母は父の後を追って、僕の目の前で死んだ。
『あなたは強い子になるのよ。』
そう言い残して。
血の繋がりのない兄弟たちとは、自然と疎遠になっていき、
こうして僕は、最初の『独りぼっち』を経験することとなった。
だが、僕は不幸自慢をしたいわけじゃない。
『独りぼっち』は気が楽だった。
自分が何をしても誰にも文句を言われない。
よく、親の為にと自分の人生を犠牲にする若者がいるけれど、僕にはそんなものは無縁だ。
スリやカッパライ、万引き。
何をしたって僕を責めるものはいない。
それどころか僕の境遇を知れば、哀れんだ目で僕を見つめ、同情という名の最大級の優しさを与えてくれる。
生きてくためなら何でもやった。
中学校に上がると、僕にも知恵というものがついたらしい。
笑うという技術を身に付けた。
そして人と平等に接すること、人の争いに興味をもたないこと。
それだけで中学生というのは知的に見えるらしい。
大人から大層可愛がられた。
けれど、そんな僕にも苦手な人がいた。
地域のバスケットボールチームに所属していた僕の先輩である。
彼女は女性ながらもとても逞しく、ヘラヘラと笑う僕とは正反対の生き物だった。
その彼女こそ、僕の恋人。
そして、舞台で最高の輝きを見せる、『女優』という職業を愛する女性――。
名前を口にすれば、望みもしない涙を流してしまうから、
だから僕は、君を『空(ソラ)』と名付け、呼ぶことにする。