才能のない作曲家
空を見上げて、僕は今、遠く離れた日本を思う。
愛しい人たちがいる日本。
温かかった日本。
僕は今、ノートパソコンにひたすら文字を打ち込み、
公園にある噴水の前のベンチで行く宛もなくさまよっている。
明日はどう暮らせばいいのか。
スーツケースに着替えは詰めてきたものの、
しまった、着替える場所がない。
僕には家がない。
ホテルに泊まる金も。
僕には何もない。
『何もない』と泣きつける誰かも、いない。
ねぇ空、君は今、何を思うの?
人が本当に独りになる時というのは、
一度『独りじゃない』その温かさを知ってからなのだろう。
その温かさは、僕を弱くした。
こんなに寒い夜が今まであっただろうか。
こんなに辛い孤独を感じたことがあっただろうか。
僕にはもう、話す相手もいなければ、
電話をする相手も、メールをする相手もいない。
働くにも、言葉がわからない。
パリにぶっ飛ばされた僕は、
もしかするとここで、本当に終わってしまうのかも知れない。
腹が減った。
気が付けば今日はまだ何も食べていない。
もちろんそのくらいの金はある。
けれど、もったいなくて使えない。
本当にいいのか、
この程度の空腹で、この金を使っていいのか?と。
道行く人に助けを求めようにも、言葉がわからない。
日本人が‘HELP!’と叫んだって、誰も振り向きはしない。
風が冷たい。
雨で身体が凍えそうで、
でもそれ以上に、いま僕からこのパソコンを取り上げる最大の敵である雨。
身体を盾に、パソコンを守る。
彼女との思い出が詰まっている。
写真の中の君が笑ってる。
レンズ越しに僕を見つめる君は、幸せそうで、
ほんの少し、心が温まる。
動画サイトを開くと、僕の自慢の恋人を見ることが出来る。
世界で一番キレイな彼女を。
そう思うと、テレビ越しのアイドルやなんかを好きになる人間の気持ちも少しわかってしまった。
僕も今、そんな感じだ。
たった何日かしか経っていないのに、君といた時間はまるで夢のようで。
全ては僕の妄想だったのではないかと思うくらいに。
でも、妄想ならそれでもいい。
君が笑ってくれるなら、もういいんだ。
僕は今、僕自身の妄想を、綴っているのかもしれない。
そう思うと、
温まったはずの心が、
また急に冷えていくのを感じた――・・・。