好きになっても、いいですか?
素早く目の前の受話器に手を掛けると、ポケットの中の小さな手帳を取りだして内線表を開く。
「もしもし?第一秘書課の芹沢です。運転手の方はまだいらっしゃいますか?」
麻子が内線を掛けた先は、純一専属運転手。
専属と言っても、基本的には勤務中の移動だから帰りに送ることは滅多にないと聞く。
しかし社長の純一が帰宅した後も、すぐに退社せず、車を磨いたり清掃したりと細々仕事を終わらせてから退社する。それを知っていた麻子は一縷の望みを掛けて電話をしていた。
麻子の考えは当たりで、まだ退社してあなかった運転手から、純一の自宅の情報に辿り着いた。
送ることは滅多になくとも、運転手当然純一の自宅も把握してたのだ。
更には――。
『そのようなご事情でしたら、ご案内がてら、お送り致しましょうか』
その運転手の好意に甘えさせて貰うことにした麻子は、純一の自宅マンションへと車で向かうことになった。
不思議なもので、キーを拾い上げてからマンションにつくまで、全く“なぜ私があんな社長の為に”というような感情はなかった。
少し前の麻子ならば、どんな遠回りであっても直接届けに行くという選択肢はなかったはずなのに――。