好きになっても、いいですか?
(何を……何をしてるの、私……!)
勢いよく後にしたマンションを、もう一度見上げて呼吸を整える。
けれど、心臓の方は一向に整うことをせずに、未だに早鐘を打ったまま。
麻子はもう震えていないその手で、そっと自分の唇に触れた。
(――――キス、した。
なぜ受け入れたのだろう。
今なら力いっぱい突き放してやるのに)
麻子は、母親の記憶を思い出していたことを忘れるほどに動揺していた。
「急に、あんな目を……するから――――」
目だけでない。添えられた手も温かで優しかった。
信じられないが、本当にあの時麻子はそう思ったし、そう感じたのだ。
「誰にも弱みを見せちゃ、だめ」
自分を戒めるように呟いて、麻子は駅へと歩き出した。