好きになっても、いいですか?
社長室からエレベーターホールまでは2、30メートルと言ったところか。
中川は既にエレベーター手前まで歩き進めていて、コンパスの長さと動作の速さがうかがえた。
麻子は小走りで中川の元へ近付くと、中川はその場ですぐに足を止めて待っていてくれた。
――追いかけてくるのをわかっていたかのように。
「何か?芹沢さん」
「あ……ペンを落とされてました」
麻子は手にある黒いボールペンを差し出すと、中川はそれを受け取る為に手を伸ばす。
「ありがとう」
「……いえ」
ボールペンの受け取りの際に軽く、麻子の手に中川の手が触れた。
麻子は一瞬こわばって、中川の表情を読み取ろうとするが、中川はポーカーフェイスを崩さなかった。
「では、私はこれで。失礼します」
「ああ、芹沢さん」
なぜだかはわからない。
けれど、麻子の第六感が“中川から早く離れろ”と警鐘を鳴らしていた。
そのために、早急に社長室へ戻ろうと身を翻した瞬間。低い声で名前を呼ばれてしまうと、ぞくりとして足を止めた。
「申し訳ないんだけど……」