好きになっても、いいですか?


麻子は、ひとつ下の階のある部屋のドアの前に立っていた。

そのドアには【常務室】とプレートが掲げられてある。
このドアの向こうには、先程顔を合わせた中川がいる。
麻子はどうしても気乗りしなかったが、仕事だ、と言い聞かせてそこに立っていた。
いっそ美月に出くわしてしまった方が、幾分か気持ちが楽な気さえする。

なぜ麻子がこの場にいるかと言うと、先程の続きだ。



『社長に渡しそびれた資料を思い出しました。私は予定が詰まってまして……谷村さんも別件で忙しいと思うので、芹沢さん。後程取りに来て頂けませんか』



あのペンを渡した時に、このように言われていた。

立場上、下である麻子に、更には低姿勢でものを言われてしまえば拒否することも出来ず――。


(ささっと資料受け取って退室すればいいのよ。ものの数秒よ)


そうして麻子は右手を軽く握り、手の甲を目の前の扉に打ち付けた。



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