好きになっても、いいですか?
「しゃ、社長……!」
後ろにいた敦志も、その意味ありげな一言に焦りを滲ませて、とうとう口を挟んでしまった。
麻子は目を揺らがせて純一を見上げた。
「どうして……」
「“社員”の身の回りについては把握している」
純一は麻子に対する最後の切り札を持っていて、それを容易く出したのだ。
そしてその切り札は“絶対”で、必ず麻子の首を縦に振らせることが出来ると思っていた。
――つい3秒前までは。
「お返しいたします」
麻子の口をついて出た言葉を理解するのに時間を要した。
が、その言葉と同時にした動作で辛うじて理解することができた。
麻子は純一を横切って、デスクの上に首から下げていた社員IDカードを返却したのだ。
イコールそれは、退職するということの意思表示――。