好きになっても、いいですか?
(――だけど、離れなきゃ、離さなきゃ!)
ドンっ、と胸に手をついて、純一との距離を開けて麻子は言い放った。
「あなたには、ふさわしい人がいるんでしょう?」
手を汚した自分なんかよりも、ずっとずっと純潔なふさわしい人が純一にはいる。
そう思って脳裏を掠めるのは、婚約者と言われている雪乃の姿。
ふたりの距離はそれ以上縮まることはなく、麻子はそのまま秘書室へと駆け戻って行く。
たった一枚の扉で隔てられた場所がが近くて遠い。
麻子は閉じた扉に預けた体をずるずると沈ませる。
純一も、デスクの角に手をついて頭を垂れてもどかしさを感じていた。
((どうしたら、あの手を掴める……?))