好きになっても、いいですか?

「……無理だけはするな」
「それ、お父さんが言う?」


麻子はそう言って苦笑した。

麻子の父、克己(かつみ)は入退院を何度も繰り返している。

克己は数年前に過労で倒れ、脳梗塞を併発した。
そして本来寄り添い、励ます役の麻子の母は、麻子が5つの時に事故で他界していた。

それから再婚もせずに、男手ひとつで麻子を大学まで行かせて育てた。
しかし、克己の病気は麻子が大学在学中だった。学費は父の除けていた将来麻子に渡す予定であった貯蓄を崩し……。

労災も、実際は企業が首を素直に縦に振らず、専門機関に相談しても弁護士や裁判などという言葉が出てきた時点で諦めた。

そして今、脳梗塞を再発してしまった克己は入院を余儀なくされ、麻子は一人アパートで暮らし、生計を立てている。


「お父さん」
「なんだ?」
「……ありがとね」


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