好きになっても、いいですか?

暫く静かな時間が流れ、時刻も20時を回ろうとしたときだった。

やっと終わりが見えた麻子が、手は止めずに純一に不意に話し掛けた。


「……言い忘れてましたが――お金は要りません」


急に沈黙を破ったかと思えばそんな台詞。
純一は一瞬呆気に取られて手を止めてしまった。
そして、純一を見もせずに仕事を続けている麻子をじっと見て答えた。


「金を受け取らないで、嫌がっていた秘書課にくるなんて、どういう思考だ」
「別に、秘書課が嫌だ、と言った覚えはありませんが」
「同じようなものだろう」
「――とにかく、正規のお給料をいただければそれで結構ですから」

(――父子揃ってなんなんだ。頑固にも程がある……)


純一は心底驚き、呆れ返っていた。
それは、パソコンの画面がスクリーンセーバに切り替わる位の時間、放心していた。

純一の周りには、ビジネス関係は勿論、血縁関係の人間たち皆と言っていいほど“金”で動いている。
言ってしまえば親ですらそうだ。
金の為に結婚をしたような親。その延長で産まれた自分――。


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