蠱惑【密フェチSS集】
キーボードの上を滑り抜けるように動く。
あなたのその、ゆびさきは、狭い世界を何時間もかけて右往左往と動き、休むことを知らない。
次から次へと紡がれていく言葉は、あなたの脳からゆびさきへ、そして文章は音楽を奏でるように誕生していく。
「作家なんて、退屈じゃない?」と唇を尖らせると、彼はそのゆびさきで黒い縁のメガネを押し上げてから、不機嫌そうな顔をして、また言葉を紡ぎ出すことに集中する。
「無視? いじわるね」
抗議の声をあげてみたけど、私の視線は彼のゆびさきへたっぷりと注がれていて説得力のかけらもない。
その勝手気ままな欲求のために私は呼び出された女。
理想は、部屋以外の場所で待ち合わせをして、綺麗なゆびさきが握るハンドルを横目に夜の街をドライブをしてみたい。
それから洗礼されたレストランでワインを傾ける。彼は器用だから、きっと美しい作法でグラスを遊ばせる。
その後は、ワインで火照った私を夜景の見えるホテルに連れていき、そして私を官能の海に叩き込んでくれるはずだ。
いじわるで、うんと焦らして、最後には飛びっきり甘く優しく、そのゆびさきに何度も何度も翻弄される。
「あのさ、仕事部屋でそんな顔されると困る」
「え? そんな顔って……」
「物欲しそうな顔、何考えてたんだよ?」
右手がキーボードから、私の頬へと移動した。
頬から首筋をゆっくりと上下に動いて、そして唇へ……ゆびさきが下唇をなぞる。
「変態、もう感じてる」
「感じてなんかないっ!」
「嘘つき、じゃ拒めるか?」
ゆびさきは、唇を弄び、シャツのボタンを一つ一つ外して、スルリと服の中に侵入した。
拒めるわけがない。
彼から呼び出しが嬉しすぎて、全てを投げ捨ててもこの部屋に来てしまう私を彼はわかっていて私を試すようなことを言う。
「女に拒まれたことあるの?」
「ないよ、一度もね」
彼が眼鏡を外した。パソコンの電源を落とす。
このゆびさきが生み出した文章で、笑顔になったり、感動したりする人もいる、だけど今は私だけのもの。
そう思うと優越感からなのか、体の奥がじんと熱くなる。
「ベッド行こうか?」
私は、そのゆびさきに囚われ小さく頷いた。
────劣情のゆびさきは、
甘く淫らで、ちょっといじわるだ。