蠱惑【密フェチSS集】
床にぶちまけた赤ワイン。イブニングドレスに残る赤い染み。
そして、ごめんなさい、ごめんなさい、と必死に謝る彼に私は呆れてた。
────理想の男は、頭がよくて、お金持ちで、交友関係が幅広くて、話が面白くて、私を一途に愛してくれる男だ。
だから、目の前のこの男は、私の理想とはかけ離れていて、一致点は私を一途に愛してくれてることくらいだ。
「クリーニング代払います。あの、いえ新しいドレス弁償させてください」
ペコペコと頭を下げて、安物のスーツから出したハンカチを私に差し出す。
あんたの安月給で、この店のナンバーワンの私のドレスなんて買えるわけないじゃない! と怒鳴りつけてやりたいけど、他の客の手前、私はニッコリと微笑み「ちょっと、失礼します」と頭を下げた。
どんな時も笑顔を絶やさずに、私は今の地位を築いた。
「あぁ! もう、あのドジ男さいてぇー! 子供じゃないんだから、ワインこぼすなってのー! もう、今日は帰るっ!」
バックヤードでドレスを脱ぎ捨てて、オーナーに「まあまあ、落ち着いて。今日はいいから、また明日ね」と甘やかされながら店を出た。
あの男が私のところに通いつめてから、半年がたつ。
金払いは悪くないけど、持ち物などから判断して、ありったけの給料を必死につぎ込んでると思う。
話もつまらない。どちらかと言うと、私の話を聞いて相づちをうつばかりだ。
店が用意したハイヤーに乗り込もうとした時、その男は息を切らして走り寄ってきた。
一瞬、シカトしようかと思った。
だけど、職業病なのか私は彼に微笑みかけてしまう。
「あの、ほんとに……俺、ドジでごめんなさい。ドレスは弁償しますから……あと今日はプレゼントを用意していて……」
客から貰ったプレゼントは、即質屋で換金。これが私のポリシー。
「わぁ、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げると男は安堵のため息をつく。
「よかった……」
そして、手早く私の左手を掴むと薬指にキラリと光る小粒のダイヤのリング。
「げっ!?」
なんで、左手薬指?
しかも、抜けないー!
「結婚してください! 店も、作り笑いも全部辞めて……
俺のものになって」
「なんで作り笑いって知ってるのっ? 待って! てか、マジ抜けない……」
「ごめん、俺ドジだからワンサイズ小さいのと間違えたかも……だから、諦めてみて」
─────ドジなのに……こんなドジな男なのに……
どうして、さっきから、彼の穏やかな笑顔から目がそらせないんだろう。
「どんな君も受け止めるから、幸せにするって約束する」
恋は同時にいくつもできるわけじゃない。たった一つの恋なのに……
どうして、こんな男に胸がドキドキしてるんだろう?
─────たった一つの恋なのにEND