蠱惑【密フェチSS集】


 その甘いマスクを計算通りに魅力的に微笑ませて「とてもよくお似合いですよ。お客様」と魔法の呪文を唱えれば、客はすぐに財布を見せる。


 毎度のことながら、ため息が出るほどの販売テクニックだ。


 女性ものの高級ジュエリー専門店。あなたは上品なスーツを着こなし、誰にも負けない美しい敬語を話す。


 その立ち振る舞いに、見慣れているはずの私ですら見とれてしまう。



「大変、お待たせいたしました」


「あら、これラッピングしてある。私、自分のために買ったのよ?」


「先ほど、昇格試験に合格されたと伺いましたので……ご迷惑でしたか?」


 あなたがちょっと寂しそうな顔をするだけで、女性客は沸騰したやかんみたいに顔を赤くさせた。


「ううん、そんなことない。嬉しい……あ、カードも?」


「はい、急いで用意したもので……読み辛い字でしょうが、誠意は込めました」


 そのカードには、きっとプリントアウトしたんじゃないかと疑いたくなるくらい丁寧な彼の字が書かれているに違いない。

 そういう小技のきいた小道具を彼はいくつも持ち合わせているから……


「お買い上げありがとうございます」

「また次も絶対に買いに来るわ!」


「心よりお待ちしております」


 彼のしなやかなお辞儀に合わせて、私も頭を下げた。

 お客様がいなくなると彼は途端に無表情になる。


「昇格したわりに、大した額落とさなかったな」


 チッと舌打ちして、タバコを吸う仕草。休憩してくるから、お前が店番しとけよって合図だ。


「いってらっしゃい……」


 きっと、その上品なスーツに似合わず心底気だるそうな横顔で、缶コーヒー片手にタバコをくわえてくるつもりだ。

 さっきのお客様の買い物で、今日の売り上げ目標は突破した。一時間は戻ってこないだろうな。



 彼はいつもこれだ。どちらの顔も使い分けて、その両方を知ってるのは多分私だけ……


 私だけが、そのギャップにドキドキさせられている。


 店内には私しかいないはずなのに急に背後で人の気配を感じた。

 あっ! ……と、思った瞬間、私は彼の両腕に抱きすくめられていた。


「ちょっと! びっくりさせないでくださいよ!」


「一緒に休憩などいかがですか……とか言われてみたかったりする?」


「ひゃ? えっ? あの……」



 彼の整いすぎた顔が私の肩に預けられた。生きた心地がしない。なんて綺麗な顔なんだろう……優しい笑みは急につまらなそうな顔に早変わりする。



「違うのかよ、俺に見とれてたんだろ?」



 あなたのその上品なスーツと美しい敬語は、最高の武器だ。そしてその後にやってくる黒い影は最悪の兵器。


「答えられないってことは肯定したと同じだな……」


「あっ……」


 彼の唇が首筋に吸い尽く。多分、赤く厭らしいアザをつけられた……


「よくお似合いですよ。店が閉店したらしっかり可愛がってやるよ、それまで店番頼んだぞ」


「……はい」


 防ぐ方法は、ない。



─────よくお似合いですよEND







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