声を聴かせて。
彼が立ち止まり、私も足を止めた。
「…お前さ、いつも俺のこと見てるだろ」
「えっ……?」
私は驚いて顔をあげた。
「デスクからいつも、俺のこと見てるだろ」
……気付かれていた。
私は驚きと焦りで、しどろもどろになる。
「な、何言ってるんですか。
チーフ、酔ってます?
結構飲んでましたよね。お酒そんな強くないんじゃ…」
心臓が高鳴る。
彼の瞳が、私をとらえる。
私は言葉を詰まらせた。
言い訳が、思い付かなかった。
否定すれば良いものを、何故かその時、
そうしたくないと思ってしまった。
……彼に名前を呼ばれたい。
その声で、私の名を呼ばれたい。
気付いたら私は、彼の唇にキスをしていた。
お酒と、タバコと、彼のにおい。
彼は驚いたのか、私の肩を掴んで慌てて引き離す。
「……見てました、ずっと。
入社した時から、チーフのこと」
見てるだけで良いと思っていた。
それだけで、私は満たされていた。
その声で呼ばれることはなくても、
その声が聞ける場所にいるのだから。
それで充分だと思っていた。
気付いたら私たちは、ラブホテルの一室にいた。
どうやってそこまで来たのか、全然覚えていない。
ドアを閉めたと同時に、噛み付くように彼にキスをされた。
貪るように身体を弄られた。
シャワーを浴びることもせず、
ベッドに行く前に彼は、壁にもたれた私の下着を下げて、足を抱えて中に入ろうとした。
荒々しくて、乱暴で…
優しさの欠片もない獣のようなセックス。
「はぁ…はぁ…」
甘い言葉の囁きなんてない。
ただ、互いの荒い吐息だけが交差する。
私を見下ろす彼の瞳が、
どこか冷たく光り、私を射抜いた。
お酒のせいでもいい。
ただの気まぐれでもいい。
今この瞬間だけは、彼と繋がっていたい。
私を求めて欲しい。
私はきっと、彼とこうなることを望んでいたんだ。
その腕に抱かれて、その声で呼ばれたい。
そんな欲望を、抱えていたんだ。