声を聴かせて。


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ーーーーーーー…




定時になり、私はデスクの上を片付け始めた。

皆も続々と帰社していく。

彼の席に目を向けると、彼は相変わらず難しい表情でパソコンの画面を見つめていた。


「お疲れさまです。お先に、失礼します」



私はそう声をかける。


「あ、あぁ…お疲れ」


彼は一瞬驚いて顔をあげると、気まずそうに目を伏せた。



私は小さく息をつく。



「…あの、チーフが気にすることありませんから。

私、傷付いてませんし、自惚れてもいません。

チーフにとっては、何の意味もないことだったって分かってますから。

それ以上のことを、求めるつもりもありませんから安心してください」




ラブホテルで朝を迎え、私はまるで夢を見ているような気分だった。

隣で眠る無防備な彼の寝顔を見て、なんとも言い表せない感情が波のように押し寄せる。


それはまるで憎しみにも似た、熱情。



…悲しいのではない。


傷付いてなどいない。


たとえ一晩だけでも、彼に抱かれて幸せだった。

その声で名前を呼ばれることはなかったけれど、吐息が耳をなぞるだけで私の蜜は溢れた。



恋人以外の男性と、こんなことするなんて初めてだったのに。


ゆきずりでホテルへ行くなんて、初めてだったのに。


私の身体は、私が思っていた以上に彼を求めていた。



…ただ、これ以上は踏み込みたくない領域。




私は眠る彼を残して、1人でホテルを後にした。







「……ったく、お前ってホント……」


「え?」


彼がデスクで大きくため息をつく。




「いや…なんでもない。

俺もどうかしてたな。

酔ってたとはいえ、部下とあんなことするなんて人生で初めてだ。


…悪かった。


あんなことして、すまなかった」




誰もいなくなったフロアで、彼は私に向かってそう詫びた。









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