ブルーブラック2
「神野さん、いい?」
「う…はい…」
いつになくにっこりとしている気がする。そんな智が近づいてきて、誰も使用していない隣接されてる商談室に押し込まれた。
パタン、としまったドアの方を恐る恐る振り返ってみる。
「…あの」
そして、なんとなく気まずい空気を打開するべく口を開くが、続きが出てこない。
「なに」
その間に智が問い返す。
百合香は視線を下に泳がせるだけで、何を言っていいかまとまらない。
「あ、怪しまれます…」
「俺は別に困らないし。充分さっき怪しい行動しちゃってるし」
「『さっき』…」
「…見てた、だろう?」
なぜか、責められているような状況に、百合香は足が動かずにその場に立ち尽くして智を見上げた。
その動けない百合香と距離を詰めて、智は百合香の髪に触れる。
「なかなか、普段の“クセ”っていうのはすぐには直らないらしい」
バツが悪いようで、苦笑して智が言った。
百合香はその“クセ”というのは煙草のことだと、もうわかっていた。
「あの…無理…しなくても」
項垂れていた智にぼそっと答えた。
すると、智が再び顔を上げて百合香をじっと見つめ返す。
「いや。ここで甘えたらダメだ」
「甘える」だなんて、そんなことを真面目に言う智が珍しく、そしてなんだか子どものように思えた百合香は思わず笑ってしまう。