ブルーブラック2
#6 初恋
「お母さんっ! 見てー!」
春が待ち遠しい、2月。
中でも一番待ち遠しく思う碧(あおい)が声を上げる。
「はいはい。とても似合ってる」
「早く4月がこないかなぁ!」
百合香が第一子の碧を産んでから、約6年間が経っていた。
淡い桜色のランドセルを、まだ小さな背にしょって見せる。
その光景は、ランドセルを買ってあげた先月から、しょっちゅうのこと。なので、『見て』と言われ続けている百合香は苦笑するしかなかった。
その光景に付き合わされてるのが、もう一人。
「あおい、いまは2がつ! つぎはさん、そのつぎがよんだよ!」
碧の弟、大地(だいち)。
6歳の碧と3つ違いの3歳。
大地は周りが驚くほど、言葉を覚えるのが早く、今や大人と対等に会話をする。
「大地、うるさい!」
「あおいがうるさい」
「ああもう、ふたりともストップ!」
碧と大地を見てると百合香は自分と照らし合わせてしまう。
(椿(つばき)も昔からこんなふうに私と対等に渡り合ってたっけ…)
「ほら。大地はパズル片づけて。碧も、もうランドセル机に戻しておきなさい」
「はーい」
「……」
百合香の言葉に素直に返事をして片づけを始めたのは大地。
碧はその場で百合香に何か言いたそうにまだ立っていた。
「どうしたの? 碧」
「……お母さん、聞きたいことがあるの」
「『聞きたいこと』?」
「お母さんと、碧だけのヒミツで」
いつになく真剣に、そして恥ずかしそうに物を言う娘の姿を見ると、なんだかもう既に親である自分の元から一歩離れてしまったようで、少し寂しく感じる。
「『ヒミツ』?」
「うん。お父さんにも言わないでね?」
「……わかったわ。それで、なに?」
「ん、とね――――」
キッチンで碧は背伸びをして百合香に耳打ちをする。
「――え?」
百合香はその願いを聞き遂げると、目を丸くして碧をみた。
その碧はちょっと顔を赤くして、何も言わずに目を逸らすだけ。
(あらら…。“二人の男”が泣くわね)
「そう。じゃあ買い物に行かなきゃね」
百合香が優しく微笑んで碧に言った。
すると碧はぱっと明るい顔をした。