ブルーブラック2
「――え?」
百合香の笑顔が一瞬で消失し、表情が曇る。
そして、喉が張り付いたように声を掠れさせながらも平静を装って美咲に言った。
「あ…ああ。柳瀬さんの万年筆、素敵よね」
「神野さんは店長のこと“柳瀬さん”て呼んでるんですか?」
「え?う、うん…昔からの癖で…前は直属上司だった人だから」
「そうなんですかー···」
美咲の全ての発言には何かあるような気がしてならない。
百合香は受け身でしかなく、美咲の雰囲気にのまれそうになるのを胸の“桜”に手をあてて堪えた。
「神野さんのも、それは万年筆ですか?素敵ですね」
「そ、そう。万年筆なの…」
美咲の視線がどうも落ち着かない百合香は“桜”を隠すように、そして小さく答えた。
「神野さんも、大切にされているんですねぇ…柳瀬店長も大事みたいで貸して貰えなかったんです」
挑発するような、何かを窺っているようなそんな口振りで美咲は百合香にそう言うと、にこりと最後に笑顔と甘い香りを残して去って行った。