vamp
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「さようなら」
息を止めて三秒。そっと視線だけを動かし、鏡に映る自分の姿を確認した。
その刹那聞こえてきた拍手に驚く。視線を動かすと鏡の端に先輩が映っていた。
「自主練習?」
「すみません。初めてもらえた役なので」
先輩は「褒めてるの」と笑いながらやってきた。
その細い指が私の頬を押さえる。
「でも、最後の台詞のところ、顔の向きはこう」
くっと動かされた先に、先輩の顔があった。唇の端から八重歯が覗く。
「もう一度最初から」
跳ねる心臓。そのシルエットが目に焼きつく。
深呼吸ひとつ。私は私じゃない。恋する娘、ヘルカ。
「お待ち下さい、カッレラ侯爵」
そして目の前にいるのはそのお相手。
「わたくしを……」
侯爵の瞳がつめたい色を携え、ヘルカを見下ろす。
このまま連れ去ってもらいたい。一緒に行ってしまいたい。だけど幼い兄弟を捨てて自分の恋に生きることはできない。
「ヘルカ」
侯爵の手が私の手首を握る。触れられては敵わない。だから。