vamp
ヘルカはその手を振りほどく――はず。
「君は、本当の私を知らないのだ」
引き寄せられた身体はバランスを崩しそうな危うい状態で支えられていた。思わず呼吸が止まる。
台本と違う。だけど先輩の表情は侯爵のまま。
「それを知ったら、君は離れていくだろう」
アドリブ。そう気づくと息が吸えた。
「あなたさまだって」
ならば私も応えなければ。未熟とはいえ、演技が好きでここまできたのだから。
「わたくしの本当の気持ちを、ご存じないでしょう」
腕の中からその顔を見あげる。近さを感じてしまったせいか、声量が小さくなっていってしまう。
ダメだ。でも、だって。
「受け入れると?」
翳る中、それが私の脳を支配する。
もし本当に先輩がカッレラ侯爵だったなら、どんなに嬉しかっただろう。
頷いた私の身体は抱き直され、髪にキスが落される。
これは演技のはず。そう自分に言い聞かせるも、熱が上がってゆくのが苦しいぐらいにわかる。