きみの声
「順……」
って呼ばれる度に、気持ちが動揺するのは、単にあたしが優等生だからじゃないと思う。
学校では「佐々木さん」で通ってるし、親しい女友達には「順ちゃん」って呼ばれてるけど。それは単に名前であって、あたしを呼ぶ呼称に過ぎないんだよね。
「順……」
その声は、彼女達の声とは違って、何処かくすぐったくあたしの中に響く。
月人くん。
なんで呼び捨てなのよ、とか。なんでそんなに野太い声なのよ、とか。いくつか原因を探し求めて、溜息をついた。
彼に名前を呼ばれるのは、いつまでたっても慣れないなぁ……
なんて、あたしはモゾモゾする気持ちを必死にこらえて目を閉じた。
「おい、こら、順っ! 聞いてねぇだろっ!」
伸びてきた長い腕に、不意をつかれてポカリと殴られる。
「叩くことないじゃない!」
「撫でただけだしっ」
「もう……、帰るっ!」
現実の彼は、こんなにも普通にあたしの前に座ってるっていうのにね。
「って、待てよ順。悪かったって。
機嫌直せよって……、てめぇが俺の話聞かねぇで妄想してっからだろうがっ!」
慌てて謝る彼に手を掴まれ、椅子に引き戻された。
「ごめん……」
そうだった。
無事現役で国立大法学部に合格した彼と、お祝いを兼ねた春休み旅行を計画しているところだったのだ。
あたしが、現実逃避で妄想に走ったのも、あんまり嬉しそうに月人くんが旅行の話をしていたからだ。
二人っきりの旅行なんて、楽しいより怖い。
あたしはこんなに不安なのに。
彼の声を聞いてるだけで、ドキドキするのに。
冗談言い合って騒いでる時はそうでもないけど、二人っきりで真面目な話をしている時や、突然名前を呼ばれたりすると、ドキッとする。
月人くんは、身体もごつくて言葉使いも荒っぽいけど、真面目に話すとゆったりとした優しい声になるんだよね。
そっか……
「あたし、月人くんの声が好き」
唐突に口に出した言葉に、今度は彼が狼狽えた。
「な、なんだよ順。いきなりだな……」
ダッシュの得意なラガーマンの彼は、得点チャンスを逃さない。
ほんのり赤みを帯びたその顔を、速攻あたしの顔の横まで近づけると、彼はピタリと動きを止めた。
「オレは、ジュンの、スベテが、スキダ」
耳元で囁かれた言葉は、ガサツな彼が放ったとは思えない甘さで。
「参りました……」
両手を上げて降参のポーズをとったあたしに、「わかればいいんだ、わかれば……」なんて真っ赤な顔して頷いてる月人くん。
そんな優しい月人くんが、やっぱり好き。
今度は、口に出さずに納得する。
そうそう、逆転のチャンスをあげるわけにはいかないもんね♪
<Fin>