夜はこれから
夜はこれから

ふいに、はっと気づかされる。

彼はこんなにも優しく、穏やかで落ち着いた声をしていたんだったっけ、と。



「付きあってくれないか」と告白された日から、もう長く一緒にいる。

その声で赤面するような甘い言葉をささやかれたこともある。

意見の食い違いからか、些細な喧嘩から大喧嘩までしたこともある。


彼の声なら、聞き飽きるほどに聞いているはずなのに。

電話越しになると、本当に時々だけど、なぜか妙に胸の奥が痺れるように熱く疼く。



低すぎもなく、高すぎもない。

私の耳にしっとりとなじんで、ひどく心地がいい。

ずっとずっと聞いていたくなる。


耳だけに意識が集中して、感覚が研ぎ澄まされるせいなんだろうか。



電話の向こうの彼がどんな表情をしているのか、わからないはずなのに。

なぜだろう、不思議と手にとるようにわかる気がする。



たまに会話の中に混じる冗談に、嬉々として細められる目。

時折できる妙な沈黙に、困惑するようにひそめられる眉。

私の話にそばだてられる耳の形と、軽く引き結ばれた唇。


そして、携帯を持つ指。

男の人の割に細く長い。



すべて声のトーンが伝えてくれる。

声が伝える、彼の表情。


無機質なメールじゃ、絵文字を多用しても伝えきれない。

彼の体温を声が伝えてくれる。


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