黒い翼
手当てを一通りした後、不意に視線を感じた。
「シキ?」
パチ、とシキが目を開けていた。
ボンヤリしているけど、なんか、変。
冷たい目で、あたしを捉える。
どうした?
「どうし――」
不思議な顔してシキを見るあたしの言葉は、吸い込まれるように消えた。
「!!?」
突然、なことだけど理解するのには時間はかからなかった。
だってあたしの唇にシキの唇の感触がしたから。
あいつの唇、ちょこっとだけ乾燥してっから。
すぐ分かる。
昔はよくやってたなー。
って、感傷に浸ってる場合じゃない。
「やめろよ、お前ッ」
あたしは紫葵を突き飛ばす。
そこらにいる尻軽女と一緒にすんじゃねぇ。
だけど、そんなこと思ってたけど。
何も言わずに、ジリジリ近づいてくるシキの。
その目の怖さに壁に追いつめられ、逃げ場を失った。
後ろは壁、目の前はなんか今日怖いシキ。
なんなんだ。
このいかにも漫画でありそうな展開。
勘弁してくれ。
「シキ…」
近づいてくるシキの顔を、これ以上近づけないように両手で押しのけるけど、その両手を片手で上に押さえつけられた。
なんてこった。
両手塞がれた。
振り放そうと力を入れるけど意味が無い。
シキの方が強かった。
「……!!!」
ヤバイ逃げれらんねえ。
シキから顔を背けると、まるで背けるなとでも言うように、あたしの顔に自分の顔を近づける。
「…っっ」
首に生温かい得体のしれないものが這い、フワァアアと鳥肌が立った。
身を強張らせていると、それが狙いだったのか、シキはあたしの唇を奪う。
止めろ。
どんな意味のものかは分からないが、目から涙がぼれる。
それでも紫葵はお構い無しに、まるで貪るようにあたしの口のなかを荒らしていく。
うまく、息が出来ない。
「…ひぁ……」
シキが唇を離すと、あたしの口からそんな声が出た。
恥ずかしさで顔が熱を持ち、息を荒げるあたしの口から、唾液が零れていく。
へたり込んでしまったあたしは、立とうとするけど、な、なにこれ。
足に力が入らない。
頭がクラクラする。
なにこれ、酸欠?
そんなあたしを放っておいて、シキはぐったりしたあたしを抱え、ベットに移動する。
「シキ?」
仰向けのあたしの上にシキが馬乗りになる。
ちょ、おま、待て。
「嫌だ」
そしてだんだん顔を近づけてくる。
無表情のまま。
「シキっ」
目が怖い。
顔を背けても無駄みたいで。
あたしが呼んでも、聞こえてないみたいで。
「アオイ!」
イラついたように呼ぶと、彼は漸くピタリと動きを止めた。
「…け…い……?」
あたしは、瞬かせて何故こんなところにいるんだとでも言いたげな、混乱しているシキの隙をついて逆に押し倒す。
それでも尚、何が起きているのかは分かってないようだった。
「どうした…シキ……」
真剣な顔をしたあたしが、シキの目の中に映る。
「…お…俺、」
シキ?
お前、どうした?
瞳が怯えている。
「欲しいのは…なに?」
「欲しいもの…」
「血?食べ物?水?」
「いや…ケイ」
「なに?」
「俺が欲しいのは、ケイ自身」
「え…」
どういうこと?
それは、その言葉は…あんたが――
「たッ」
後頭部が痛い。
殴られた?
誰に。
「…う」
分からない。
驚いた表情をしたシキを最後に、あたしの視界は真っ暗になった。