月と芋虫
部屋は静かだった。

隣には背を向けた彼が、寝息を立てていた。

部屋は彼の呼吸音だけで満たされていた。

広く大きな肉付きの良い背中が、月の光の粒子に照らされて、ぼうっと青白く浮かび、それ以外を影が黒い色で溶かしていた。

夜の闇は醜いモノがあまり見えなくて、うれしい。


頑丈そうな広い背中のカーブは呼吸をする度にわずかに揺らめき、青白く光る肩甲骨はなぜか儚く、作り物のようにも見えた。改造したバイクの部品のようだ。

バイクの部品といえば、集まりがある度にバイクの後ろに乗せて貰っては背中にしがみついて毎回、気持ち悪がられていた。

背中を見ればいつも思い出すのは中学の頃、彼に言われたセリフ。その度に目をぎゅっとつぶってしまう。

消えてしまえと、彼に布団を掛けた。

しかし、なぜだろう、お布団を掛けると、いつもアニメで見たのかドラマで見たのかそんなシーンを思い浮かべてしまう。その度に、私の中から湧きあがるオリジナルの優しさなんてないんじゃないだろうか? というようなことを思う。

彼の肩まで掛けた布団に、頭までかぶるように潜った。
すると嫌なセリフを言った彼と、言われておちゃらける私は消えていった。
背中に顔を近づけると狭い布団の中は彼の臭いで一杯になった。
ほのかにアルコールの臭いがする。少し甘くてパウンドケーキのようだ。

甘い香りに包まれた私はこのまま小さくなって猫になってしまいたい。彼にかわいがられるだけの白いもふもふのペルシャ猫になってしまいたい。と、身もだえしていると布団の隙間からわずかに光が射し込んできた。

光に目が慣れた頃に背中にミミズ腫れのような小さな傷を幾つか見つけてしまった。

その傷に触れようと手を伸ばすと目が慣れてきたせいか自分の太くて短い指が視界に飛び込んできた。

官能的な背中と、私の醜い指先。

【月に芋虫】

だめだ。全然だめ。なんて思ってると、ごそごそ起き出した彼は私の方を向いて目があった。

「また、布団中に、もう」寝起きなのか怒ったようなトーン。暗くて表情まではわからないし、確認するのも嫌だ。

ぐっと上体を起こし、照明のリモコンにのばそうとする手を握って止める。

え? 何? みたいな顔すんな。こんなデレデレした顔見せられるわけないでしょう。

遠くの方で空気清浄機と冷蔵庫の音がした。

暗闇は醜いモノがあまり見えなくなってうれしい。と、同じように彼も思ってくれていたらどんなにいいか。

暗ければ、真っ暗であれば自分のことを触ってくれるのだろうか。

真っ暗闇の中でなら、背中に触って爪痕も残せるのだろうか……

「ちょ! もう! なんか当たってるし!」と彼は笑いながら背中を向けた。

隣には背を向けた彼が、もう寝息を立てていた。

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