伊坂商事株式会社~社内恋愛録~


あれから、山辺さんはタクシーを呼んでくれ、そのまま私は山辺さんの部屋に連れて行かれた。

モノトーンでまとめたシンプルな部屋。



「部屋は好きに使ってくれていいから。冷蔵庫の中にも何か入ってると思うし」

「………」

「ゆっくりお風呂に浸かればいい。あ、そうだ。これ、着替えね。ジャージしかないけど」


何も言えないままの私を残し、山辺さんは部屋の中をてきぱきと動きまわる。



「そんな顔しないでよ。大丈夫。俺は友人の家にでも泊めてもらうから」

「……え?」

「その方が美紀ちゃんも安心だろうし、気兼ねなくくつろげるだろ?」

「でも」

「気にしなくていいから。それより今日は早く寝た方がいい。それで、明日は一応、会社を休みなよ」

「………」

「俺も本当は、美紀ちゃんについててあげたいところだけど、理性に勝てる気がしないから。そんなことをしてきみを余計、傷つけたくはないからね」


山辺さんは本当にいい人だ。

私は顔をうつむかせる。



「……何か、ごめんなさい」


それでも山辺さんは、人のいい笑みを浮かべたまま。



「今日のことはもう忘れなよ。っていっても、すぐには難しいかもしれないけど」

「……うん」


山辺さんは荷物を手にする。

本当に、『友人の家』にでも行くつもりなのだろう。



「あんまりこの部屋から出ない方がいいと思うけど、これ、一応鍵ね。スペアだから、返すのはいつでもいいよ。何かあったら電話して」


最後まで抜かりなく、山辺さんは「それじゃあ」と部屋を出ていく。

私は息を吐き、壁に寄り掛かった。

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