伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
「余裕だね」

「そう見えますか?」

「何? 実際は違う?」

「そりゃそうですよ。仕事でも、あの人のことでも、俺は一度も余裕だと思ったことはありません」


珍しく沖野の本音を聞いた山辺は、少し目を丸くした。


これまで歩んできた道は違えど、同い年の男ふたり。

山辺は初めて沖野に親近感を感じて、思わず「あははっ」と声を立てて笑ってしまった。



「きみとはいい友達になれそうだ」


沖野は、怪訝とも困惑とも取れないような顔をするが、山辺はまだ収まらない笑いを引きずりながら、企画課フロアを出た。


いつも息抜きがてら向かうのは、階段をのぼったひとつ上の階にある休憩スペース。

どうして6階だけ自動販売機があって優遇されているのだろうかと、山辺にはそれが少し不満要素だった。



「あれ? 山辺さんだぁ」


先客がいた。

山辺を見つけた美紀が途端に目を輝かせ、一緒にいた宮根は、「げっ」と、潰された蛙のような声を出す。


山辺は宮根だけの存在を無視し、



「偶然だね」

「ね。山辺さんももう終わり?」

「いや、俺はまだもう少しだけ書類を片付けてから帰るつもりだけど」

「出た。ワーカーホリックだよね、相変わらず」


美紀は呆れたような顔だった。

無視されっぱなしの宮根は、口元を引き攣らせ、



「美紀ちゃん、こんな腹黒クソジジイのどこがいいの。俺には理解し兼ねるね」


吐き捨て、「ふんっ」と、休憩スペースを出て行った。


山辺は笑う。

ここまであからさまに敵意を剥き出しにされると、もはや怒りすらも通り越し、おもしろいとまで思えてくるからだ。
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