伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
経理課の倉持 達也課長は、はっきり言ってまず、顔が怖い。

おまけに社内では『経理の鬼』とまで呼ばれてて、ちょっと一目置かれているらしい。


私は正直、この倉持課長も、岸先輩と同じくらい苦手だった。



「東村」

「は、はい」

「少しずつでいいから、確実に覚えていきなさい。経理はミスがないことの方が大事なんだから」

「はい」

「ほら、もう席に戻れ」

「はい。すいませんでした」


一日百回くらいは言っているであろう、『はい』と『すいません』。

何かもう、今日はこれ以外の言葉を喋った記憶すらなくて。



「はぁ……」


辞めたいなぁ、もう。

デスクに戻ってうな垂れたけれど、でも岸先輩の目が怖いから、落ち込む時間すらなく、私は仕事の手を再開させた。



「東村さん。ここの記入よろしくね」


容赦なく、岸先輩は次の指示をしてくる。


数字ばかりで目がチカチカする。

電卓を叩き過ぎて、右手は腱鞘炎になりそうだし。



「はぁ……」


どうしてみんなが当たり前にできてることが、私にはできないのだろうか。

いつもいつも同じことを思っては、最終的に辞めたいという結論に至る。



「すいません。企画課の山辺です」

「あら、山辺さん」


いきなり声色の変わった岸先輩。



「この領収書なんですけど、経費で落ちますか?」

「大丈夫です。処理しておきますわ。うふふ」

「そうですか。よかった。では、よろしくお願いします」
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