伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
さすがに立ち直れなかった。
あれ以来、岸先輩は、私に文句ひとつ言わなくなったのだから。
それはつまり、私を見放したということだ。
「何だ? 東村、残業してたのか?」
はっとして顔を上げると、倉持課長だった。
倉持課長はじっと私を見据え、
「どうした?」
「あ、いえ」
「仕事、辛いのか?」
「……え?」
「岸さんのことだろう? あの人はかなりヒステリックだからなぁ」
倉持課長は苦笑いする。
「女性同士だから何かといいだろうと思って教育係を頼んだが、どうやら俺の人選ミスだったらしい。だが、途中で変えるとなると、それはそれで岸さんのプライドが傷つくだろうしという考えもあって。すまないと思っている」
「悪いのは私です。私がトロいから悪いんです」
「でも、東村はミスはしないだろう? 時間はかかるが、それは何度も確認しているからであって、むしろいいことだと俺は思うが」
「課長……」
ただの怖い人だと、今まで思っていたけれど。
よく考えてみれば、倉持課長はいつも私を庇ってくれていた。
どうして私はそんなことにも気付けず、いつも違う課の芝生は青いと思っていたのか。
「でも私、もう会社辞めようかと思ってるんです。岸先輩にもその方がいいと言われましたし」
「……辞める?」
「はい。叔母がお店をしているので、そちらのお手伝いでもさせてもらおうかと思っています」
「何だ、寿退社でもするのかと思ったら」
「恋愛はもういいです。私、付き合う人みんな、浮気されて終わるばかりなんで。私が馬鹿だからなんでしょうけど」
「………」
「とにかく、そういうことなので、経理課のみなさんのためにも、私、辞めた方がいいと思いまして。それに正直、会社にいても辛いですし」