伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
あぁ、明日までに目を通しておきたい資料があったんだけどな。
でももう動く気力がない。
ベッドに寝転がっている私の横で、小難しそうな本を読んでいる沖野くんに目を向ける。
「何ですか?」
「別に」
「疲れてるんでしょ? たまに早く帰れた時くらい、寝なさいよ」
私は口を尖らせた。
そもそも、私たちは付き合ってるんだか何だか、よくわからない。
好きとか愛してるさえないまま、本当に何だかよくわからないままに、いつの間にかプライベートを共にするようになったのだから。
たまに、それに違和感すら感じていない自分に驚かされることがあったりして。
昔はもっとこう、相手にときめいたり、胸が高鳴ったり、とにかく恋してるという自覚を持って人と付き合っていたはずなのに。
なのに、こと沖野くんに限っては、どう言えばいいか、いい意味で空気のようだという感じで、自然に一緒にいるというか、なんというか。
だけど、恋愛というものに、4年ものブランクがあると、案外こんなものだったのかもしれないとすら思えてきて、結局私は、まぁ、いいか、となってしまう。
「んー」
寝返りを打つ。
ベッドの横にある、天井まで高さのある本棚には、びっしりと本が並んでいる。
私はこの部屋に来るまで、沖野くんが相当の読書家だということを知らなかった。
活字なんて、私は書類や資料だけで十分なのだけれど。
「眠いのに寝られない時ってどうしたらいいの? 羊でも数えるべき?」
「その迷信は無意味ですよ」
「え?」
「と、いうか、英語圏でのみ有効なんです。『sheep』と『sleep』を言い続けてるうちに自然と眠くなるというだけで、日本語じゃあ、何の意味もない」
「ふうん。物知りね」
「普通ですよ」