伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
「母の電話の内容はいつも同じ。『次はいつ帰ってくるの?』、『恋人はできた?』、『お母さんはあなたを心配してるのよ』」
「で、あんたは?」
「『忙しいの』、『そのうち帰るわ』、『恋人なんていない』」
肩をすくめて言った。
だけども私の答えに、沖野くんは少しむすっとした顔になる。
「俺は未だに、あんたの中ではただの上司と部下でしかないわけだ」
「違うの。そうじゃない」
「じゃあ、どうして」
「沖野くんを母に紹介したら、きっと開口一番に『いつ結婚するの?』と言うに決まってる」
沖野くんは考えるように僅かに視線を彷徨わせた後、「それは厄介だ」とだけ言った。
「母は必ず沖野くんに聞くはずよ。『出身大学は?』、『年収は?』、『今の地位は?』」
「あぁ、なるほど。すべてにおいてあんたより劣ってる俺なんて、と」
沖野くんは自嘲気味に言う。
そういう顔をさせてしまうのがわかっていたから、言いたくなかったのに。
「私は、そんなことでしか人を判断できない母が嫌いなの」
小さな頃から、私は母に厳しく育てられた。
塾に、おけいこにと、母の言いつけ通りに努力し、励み続けた。
だから、今の会社に入れたことは、私以上に母の方が喜んだに違いない。
でも、母の思い描く絵図の中の私は、きっと、同じ会社の将来有望な人を射とめ、結婚し、家庭に入り、今頃は子宝にも恵まれていた頃だっただろう。
なのに、私を頑張らせ続けた結果、仕事ばかりの人間になってしまい、未来が狂った母は焦っている。
「そりゃあ、私だって、何も結婚願望がないわけじゃないわよ。だけど、今は仕事の方が大事だし。大体、30で焦る話じゃないでしょ?」
「まぁ、そうですね」
相変わらず、あまり自分の意見を言おうとしない、沖野くん。
だから私はいつも不安になってしまう。
「沖野くんはどう思ってるの?」
「俺は別にどっちでも。あんたがしたくないと思うなら、それでいいんじゃないですか」
「で、あんたは?」
「『忙しいの』、『そのうち帰るわ』、『恋人なんていない』」
肩をすくめて言った。
だけども私の答えに、沖野くんは少しむすっとした顔になる。
「俺は未だに、あんたの中ではただの上司と部下でしかないわけだ」
「違うの。そうじゃない」
「じゃあ、どうして」
「沖野くんを母に紹介したら、きっと開口一番に『いつ結婚するの?』と言うに決まってる」
沖野くんは考えるように僅かに視線を彷徨わせた後、「それは厄介だ」とだけ言った。
「母は必ず沖野くんに聞くはずよ。『出身大学は?』、『年収は?』、『今の地位は?』」
「あぁ、なるほど。すべてにおいてあんたより劣ってる俺なんて、と」
沖野くんは自嘲気味に言う。
そういう顔をさせてしまうのがわかっていたから、言いたくなかったのに。
「私は、そんなことでしか人を判断できない母が嫌いなの」
小さな頃から、私は母に厳しく育てられた。
塾に、おけいこにと、母の言いつけ通りに努力し、励み続けた。
だから、今の会社に入れたことは、私以上に母の方が喜んだに違いない。
でも、母の思い描く絵図の中の私は、きっと、同じ会社の将来有望な人を射とめ、結婚し、家庭に入り、今頃は子宝にも恵まれていた頃だっただろう。
なのに、私を頑張らせ続けた結果、仕事ばかりの人間になってしまい、未来が狂った母は焦っている。
「そりゃあ、私だって、何も結婚願望がないわけじゃないわよ。だけど、今は仕事の方が大事だし。大体、30で焦る話じゃないでしょ?」
「まぁ、そうですね」
相変わらず、あまり自分の意見を言おうとしない、沖野くん。
だから私はいつも不安になってしまう。
「沖野くんはどう思ってるの?」
「俺は別にどっちでも。あんたがしたくないと思うなら、それでいいんじゃないですか」