伊坂商事株式会社~社内恋愛録~


「うわっ、一番乗り!」


すがすがしい朝。

珍しく早起きしたから、そのまま家を出たら、いつもより2時間も早く会社に到着した。


さすがに誰もいないとはいえ、それはそれで何だか気持ちがよくて。



「んー」


伸びをしながら窓から近い席に座った。


企画課は、自分のデスクというものがなく、フロアにある丸テーブルや長テーブルの、好きなところに座って仕事をする。

いつでもみんなで集まれるようにというのもあるし、だから型に捉われずに自由に動ける。



「何だ。誰かと思ったら」


声に、驚いて顔を向けると、出社してきた山辺くんが、にこやかに歩を進めてくる。



「おはよう。篠原は夜型で残業ばかりなのに、珍しいね、こんな朝早くから」

「嫌味ね」

「馬鹿なことを。そんなに敵意剥き出しにしないでよ」


山辺くんは私の斜め前にあるテーブルに鞄を置いた。

せっかくのすがすがしい朝なのに、嫌な人とふたりきりになってしまった。



「今日は本当にいい朝だと思わない?」

「誰も見てないのに大変ね。ライバルの前でまで爽やかぶっちゃって」

「ひどいなぁ。それは亜里沙だけしか知らないんだから、あまり言わないでほしいんだけど」

「だったら私を名前で呼ばないで」

「あぁ、失礼。沖野くんに知られたら怒られるね」


だから、こういう一言が嫌味っぽいんだよ、この人は。

山辺くんの腹黒さを知っているのは、多分、社内じゃ私だけだと思う。



「まだあの時のこと、根に持ってるの?」

「『あの時のこと』というのは、篠原が俺のプロポーズを蹴って沖野くんを選んだこと?」

「わかってるなら言わなくていいでしょ」

「別に根に持ってはいないよ。少し悔しいとは思ったけど」
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