伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
それでも、山辺くんは爽やかな笑みを張りつけたまま。



「あぁ、そうそう。それで思い出した。忘れる前に渡しておくよ」


言うなり、山辺くんは鞄の口を開け、ガサガサとコンビニの袋を取り出した。

そしてそれを私の前に置く。


中身が見え、私は口元を引き攣らせた。



「トマトなんだけど。篠原、好きでしょ?」

「何の冗談よ」


コンビニ袋の口から覗く、みずみずしく赤い、3つのトマト。

私はたじろいでしまう。


この人が、私の大嫌いなものを覚え間違うはずがない。



「嫌がらせにしても姑息なのよ。ほんと、腹が立つわね。捨ててやる」

「ダメだよ。祖母が大切に育てたものなんだから」

「なっ」

「ひとりじゃ食べ切れなくて、篠原におすそ分けしようと思って持ってきたのに」


トマトにも、山辺くんのおばあさまにも罪はない。

そして、だからこそ捨てられなくて、それはつまり、私にしてみれば、とんでもない嫌がらせにしかなり得ない。


私は拳を震わせた。



「お幸せにという意味だよ。とても気持ちのこもったプレゼントだろ?」

「どこがよ! タチの悪い嫌がらせでしょ! そうならそうと言えばいいじゃない!」


私は肩で息をする。

おかげですがすがしい朝が台無しだ。


なのに、まったく笑顔を崩さない山辺くんは、



「でもまぁ、だからって次の企画も俺がもらうけどね」


爽やかな顔をして宣戦布告してくる始末。

私は叫びたい気持ちをぐっとこらえ、山辺くんとトマトを交互に睨んだ。

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